音楽が消えてしまった国

町から町へと歩き,古い物語や神話や伝承のようなものを話しては日銭を稼ぐという男に聞いた話.昔々にあったとされる国の話.いまでは本当にあったかどうかもわからないおとぎ話の国の話.

その小さい国には美しい音楽がたくさんあった.その国の王は音楽を愛しており,王宮へ毎日のように音楽家を呼び演奏させる.毎日のように酒宴を行いそこにはいつも音楽があった.

あらゆる国民が歌を口ずさみ,街角では楽器を奏で唄う吟遊詩人がいて,酒場では存分に音楽を聴き呑み喰らい,毎日のように大きな音楽から小さな音楽までが生まれる国だった.またその音楽は魔法の小箱に収められあらゆる場所でその音楽を聴くことができた.

ある時その国の王は云った.このすばらしき音楽の生まれ出でる国,その源である音楽家たちを守るための税を取ろう,と.国民は本当に音楽を愛し,その音楽を生み出す音楽家たちを尊敬していたのでそれに賛成した.

その税を取る役目を与えられた役人たちは,まず魔法の小箱に税をかけた.税の分だけ魔法の小箱の値段は上がった.国民にとって音楽というのは生きる一部であったから,気にせずその小箱を買い続けた.

その後年月が経ったとき役人たちはふと思った.音楽があるのはこの魔法の小箱だけではない,と.彼らは王へ云った.王は直後に始まる演奏会にばかり思いを馳せておりほとんど話を聞いてなかった.それで役人たちに思うように進めさせた.

役人たちは演奏が行われている酒場(この国のほとんどすべての酒場だ)に税を取ることを通告しはじめた.それも音楽家たちの守る税が始まったときに遡り,すべての税を払えと云った.それは膨大な金額になっていたので小さい店では払えず,店を売り払いその税を払った.店を売らなかったとしてもその税を払い続けることが出来ず,音楽をやめた.もちろん音楽の無い酒場にはだれも来ない.一部では音楽は続けられたが,一般的な収入の民が入れるような店はなかった.

街角の吟遊詩人たちからも税を取り始めた.町から吟遊詩人はいなくなった.
音楽を教える学校からも税を取り始めた.音楽を教えるものはいなくなった.
鼻歌や口笛すら税の対象になった.だれも唄わなくなった.
唄わなくなった民は魔法の小箱を買わなくなった.だれも音楽を聴かなくなった.
聴くもののいない音楽を作るものはいなくなった.音楽家はいなくなった.

そしてこの国から音楽が消えた.

王は音楽が消えた国の王となった.音楽を心から愛していた王は音楽がない国に絶望して自ら命を絶った.そしてこの国は滅びた.