僕の前を逃げる馬

馬柱すらまともに見れなかった頃、静内のキャンプ場でその馬を知った。僕はその場所をとても気に入っていてたくさんの種牡馬や何気ない牧場の風景や、母馬に寄り添う仔馬を見ながらもう既に半月近く滞在していた。

そこで一緒にいた競馬ファンの人から見せてもらった雑誌や新聞から僕は何を感じたのだろう。レースを見たことすらないのに、それまでG1で成績を上げているわけでもないのに、どうしようも無くこの馬に惹かれた。

7月12日。近くの温泉の広間のTVでそのレースを見た。4頭のG1馬を敵に1番人気に支持されていた。緑色のメンコをしたその馬はすぐに先頭に立ち誰にも追いつかれることなくターフを駆け抜けた。宝塚記念サイレンススズカの誕生である。僕の中で競馬はそのときはじまった。いままでそれは別の世界で行われていることだった。そして彼は僕の前を逃げ続けることになる。

10月11日。毎日王冠サイレンススズカが登場した。そして相手は無敗の外国産馬4歳、後のジャパンC勝ち馬エルコンドルパサー有馬記念グラスワンダーである。距離などもあろうが間違いなくその2頭をねじ伏せたのである。しかも最後の直線で相手を待ってさらに引き離すという間違いなく強い勝ち方。

11月1日。このレースでは他の馬など関係ない。他の馬もそれを知っているかのように、彼が見えないかのように、逃げるがままにさせていた。何から逃げ続けていたのだろう。追いつかれ沈黙したのだろうか。何者かから逃げ切ったのだろうか。彼は逃げるのをやめた。

僕はいまでも彼のことを追っている。彼がいなければこれほど競馬に嵌ることも無かっただろう。いつまでも逃げ続ける彼には絶対に追いつけないだろうけど、いつまでも彼を見て僕は走り続ける。